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東京地方裁判所 昭和31年(行)69号 判決 1958年7月31日

原告 東京都知事

被告 砂川町長

主文

被告はこの判決の送達を受けた日から二日以内に公告をした日を年月日欄に記入して別紙(一)記載のとおり公告せよ。

被告は前項の公告をした日から二週間別紙(二)記載の書類を公衆の縦覧に供せよ。

被告は第一項の公告をした日をその日から二日以内に東京都収用委員会に書類郵便に付して報告せよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外東京調達局長は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以上単に特別措置法と略称する)第四条の規定に基いて昭和三十年十月八日訴外内閣総理大臣に別紙(三)記載の土地について収用の認定の申請をし、同月十四日付で内閣総理大臣は同法第五条の規定により右申請にかかる土地の認定をし、同月十七日付官報でその旨告示した。東京調達局長は同法第七条第二項の規定に基き同日の官報で収用しようとする土地の所在、種類及び数量を別紙(三)記載のとおりであると公告し、かつ同月十九日到達した書面(同月十七日付)でその旨を別紙(四)記載の土地所有者を含む関係の土地所有者及び関係人に通知し、更に別紙(四)記載の土地所有者三名に対し昭和三十一年四月二十七日付書面で別紙(四)記載の土地の売渡に関し、その補償金額、土地引渡期限等の条件を呈示して土地収用法第四十条の規定による協議を求めたが、その回答期限である同年五月十一日をすぎても何らの回答もなく、協議が不調となつた。このような経過で東京調達局長は、同年六月十九日訴外東京都収用委員会に対し土地収用法第四十一条の規定に基き別紙(四)記載の土地について収用の裁決を求めるため、同法第四十二条の規定による裁決申請書及びその添付書類を提出した。

二、東京都収用委員会は、同年六月二十五日右裁決申請書を受理し、同年七月二日土地収用法第四十四条第一項の規定に基いて右裁決申請書及び添付書類の写(別紙(二)記載の書類、以下これを本件裁決申請書等という)を収用しようとする土地の所在する東京都北多摩郡砂川町の町長である被告に送付し、右書類は翌三日被告に到達した。

三、被告は、東京都収用委員会から裁決申請書及び添付書類の送付を受けたときは、その権限に属する国の事務(地方自治法第百四十八条第三項別表第四、二(四十三)参照)の執行として、土地収用法第四十四条第二項の規定に基き直ちに当該裁決の申請があつた旨及び同法第四十二条第一項第二号イに掲げる事項(収用しようとする土地の所在、地番及び地目)を公告し、公告した日から二週間その裁決申請書及び添付書類を公衆の縦覧に供し、公告したときは同法第四十四条第三項の規定により遅滞なく公告した日を東京都収用委員会に報告しなければならない職務上の義務があることが明らかであるのに、被告は本件裁決申請書等の送付を受けてから五日を経過した同年七月八日になつても公告した日を東京都収用委員会に報告しなかつたので、同委員会は被告に同月九日付書面で公告した日を同月十三日までに回答するよう照会したが被告から回答がなかつた。

四、このような経過で被告が土地収用法第四十四条第二項の規定による公告及び本件裁決申請書等を公衆の縦覧に供する手続を行つていないことが明らかとなつたので、原告は地方自治法第百四十六条第十二項の規定に基いて、同法第一項の例により昭和三十一年七月二十一日付書面で被告に対し、同月二十七日までに右の公告をし、公告した日から二週間本件裁決申請書等を公衆の縦覧に供し、なお公告した日を同月三十一日までに東京都収用委員会に報告するよう命令し、右書面は同月二十二日被告に到達したが、被告は右命令の期限を経過して後現在までなんらの報告をしない。

五、よつて原告は地方自治法第百四十六条第十二項の規定に基く同条第二項の例により請求の趣旨記載のとおりの裁判を求めるため本訴請求に及ぶ。

と述べ、被告の主張に対する答弁として、別紙昭和三十一年九月二十九日付準備書面(但し末尾の訴状中一部訂正の項を除く)記載のとおり陳述し、なお、被告の主張その一(特別措置法の無効その一)(二)記載の日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定が国会の承認を受けるべき条約である旨を第十二国会で政府が明言したとの事実は知らない。又公告した日を収用委員会に報告することは、土地収用法第四十四条第三項の規定の趣旨からみて地方自治法第百四十八条第三項別表第四、二(四十三)に規定する町長の管理し、執行すべき国の事務に当然付帯する事務であると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因一記載の事実中、昭和三十年十月十七日の官報に原告主張の内閣総理大臣の収用の認定の告示及び東京調達局長の収用しようとする土地の所在、種類及び数量の公告が掲載されたことは認めるが、東京調達局長が別紙(四)記載の土地の所有者三名とその土地の売渡に関し協議したこと、その協議が不調となつたことは否認する。その他の事実は知らない。同二の事実中東京都収用委員会が原告主張の日に土地収用法第四十四条第一項の規定に基き別紙(二)記載の書類を収用しようとする土地の所在する東京都北多摩郡砂川町の町長である被告に送付し、原告主張の日に被告に到達したことは認めるが、その他の事実は知らない。同三の事実中原告主張の内容の義務が被告にあること及び公告の日の報告先が東京都収用委員会であることは争うが、その他の事実は認める。同四の事実中被告が昭和三十一年七月十三日までに原告主張の公告及び本件裁決申請書等の縦覧手続を行わなかつたこと、原告が原告主張の日付の書面で被告に対し原告主張の事項を命令したこと、その書面が原告主張の日に被告に到達したこと及び被告が右命令の所定期限を経過して後現在まで公告した日を東京都収用委員会に報告していないことは認めると述べ、なお被告の主張として別紙昭和三十一年九月二十日付答弁書の第二請求の原因に対する答弁弐被告の主張其の一(特別措置法の無効その一)以下、同年十月二十七日付訂正書、準備書面、昭和三十二年十一月二十五日付準備書面(同書面三頁第四行の「被告主張は」を「原告主張は」と、四頁第六行の「(ministeial, bus)を(ministerial, but)と、五頁第一行の「前根拠法規等の違憲と」を「根拠法規等の違憲を」と、七頁第一行の「命令」を「命令の」と訂正する)各記載のとおり陳述した。(立証省略)

理由

東京都収用委員会が昭和三十一年七月二日土地収用法第四十四条第一項の規定に基き別紙(二)記載の裁決申請書及び添付書類を収用しようとする土地の所在する東京都北多摩郡砂川町の町長である被告に送付し、右書類が翌三日被告に到達したこと、同年七月十三日までに被告が同法条第二項に規定する公告及び裁決申請書等の縦覧の手続をしなかつたこと、原告が被告に対し昭和三十一年七月二十一日付書面で同月二十七日までに右公告を為し、公告の日から二週間右裁決申請書等を公衆の縦覧に供し、且つ公告の日を同月三十一日までに東京都収用委員会に報告するよう命令し、右書面が同月二十二日被告に到達したこと、被告が右命令の所定期限を経過して後現在に至るまでその公告の日を東京都収用委員会に報告していないことはいずれも当事者間に争がなく、右事実と本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告が現在までに右公告及び縦覧の事務を執行していないことが明らかである。

被告は、町長は普通地方公共団体である町の執行機関として自己の判断と責任において事務を執行すべき職責を負つているのであるから、国の委任事務に関しても監督機関である都知事と上命下服の関係にたつものではなく、都知事の命令が形式的に存在している場合でも実質的に適法、有効なものであるかどうかを判断し、もし違法、無効であると認めるときは、その命令を拒否する権限と責任とを有するものとして、六点をあげて原告の職務執行命令が無効違法なものであるから、これに従うべき義務はないと抗争する。よつてまず町長において都知事の職務執行命令が違法無効であると認めたときは、これを拒絶することができるかどうかの点について考えてみる。町長は普通地方公共団体である町の長として、その町の選挙人の選挙によつて選任され(地方自治法第十七条)、町を統轄し、これを代表する(同法第百四十七条)権限を有するものとされているから、町の執行機関であつて国の吏員ではない。しかし一方町長は法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国の事務を管理し及びこれを執行する(同法第百四十八条)ものとされ、法律上町長は法律又は政令によつて委任された国の事務を行う職責を有するのである。この意味においては町長は町の執行機関であると同時に国の機関であつて、法律上二箇の性質を併有しているものと解すべきであるから、普通地方公共団体である町の執行機関として当該町の事務を処理するに当つては完全に独立の立場にたち、都知事の命令に服従すべきでないことは当然のことであるが、国の機関として国の事務を処理するに当つては上級機関である都知事及び主務大臣の指揮監督を受ける(地方自治法第百五十条)ものとされている。従つて町長は国の機関として処理する行政事務については都知事と上命下服の関係にたち、上級機関である都知事の命令に拘束されると解すべきである。それ故町長は都知事の職務執行命令に対してはそれが形式的要件(当該命令が所定の方式を具備すること、都知事が当該事項につき命令権を有すること又は命令事項が町長の権限内の国の事務に属することその他の要件)を欠き又は不能の事項を命じている場合を除き、その命令に服従する義務があり、その命令が実質的に違憲又は違法な行為の執行を命じているとの理由でこれを拒否し或は無視することはできないものといわなければならない。日本国憲法第九十九条は公務員に対して憲法を尊重し擁護する義務を負うと規定し、又地方自治法第百三十八条の二は地方公共団体の執行機関は自らの判断と責任においてその事務を誠実に管理し及び執行する義務を負う旨規定しているが、前者は公務員が公務に従事する際における心構を宜言したものにすぎず後者もまた右憲法の規定と同じく普通地方公共団体の執行機関が事務を処理するには自主的にこれを為すべきで、他の執行機関や政治勢力に動かされることのないよう注意すべきことを宣言したものであつて、これらにいう義務とは何れも法律的義務というよりはむしろ道徳的要請を規定したものと解すべきである。もとより行政権は内閣に属し(日本国憲法第六十五条)、内閣は行政権の行使について国権の最高機関である国会に連帯して責任を負う(同法第四十一条、第六十六条第三項)ことになつているのであつて、国の行政事務はすべて内閣の統率下にあり、これと一体となつて行政に従事すべき下級の行政機関ともいうべき町長が前記二箇の規定を根拠として内閣の見解とは別箇に法律が憲法に適合するか否かの判断をなす権限があるとし、又は上級機関たる都知事より職務執行命令に対してその適否につき、固有の判断を加えその独自の見解に基いてこれを拒否することができるとすることは、内閣の責任ある行政の円滑なる遂行を不可能ならしめるものである。

職務執行命令訴訟制度の趣旨は、町長は前記のとおり町の住民の選挙によつて選任された町の執行機関であつて、国の吏員ではなく、ただ国の行政の便宜上法律によつて国の事務を委任せられているに過ぎないというその地位の特殊性を考慮し、町長の権限に属する国の事務を矯正する場合には、特に慎重を期して裁判所に関与させようとするものであるから、いいかえれば、行政部内における上級機関の下級機関に対する監督権の行使方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属する争訟の制度ということができる。それ故国の機関である町長が国の事務に関しては都知事の命令に拘束されること前叙のとおりであるとすれば、この訴訟における審理の対象もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項以上に出ることは許されず、裁判所は、遡つて当該命令の実質的な適否につき審査することはできないものと解すべきである。

被告は、右のような見解をとると裁判所自ら違法な命令を下すこととなると主張するけれども、職務執行命令訴訟の性質は前に説示したとおりであるから、裁判所が前記都知事と町長との関係に基き当該職務命令の実質的適法に関し判断を為さずして裁判を為すに至ることは当然のことであつて、結局において法律上右職務執行命令の執行義務のあるところにその執行を命じ、その執行義務のないところにはその執行を命ぜざるにすぎないから、これを以て直ちに裁判所が自ら違法な命令を下すものということはできない。

又被告は、職務執行命令の違法性が審理されなければ、国の違法な命令のために住民の意思に反してさえその代表者が罷免されるという不当な結果を生ずると主張する。けれども、職務執行命令訴訟において職務執行命令の実質的適法につき審理を為すことが許されないことは既に説明した通りである以上、国の違法な命令のため住民の意思に反して町長が罷免されることの当否のごときは当該罷免に対する不服の訴(地方自治法第百四十六条第十四項)において主張しうるか否かは別とし、本件においてその主張をなすことは妥当でない。

以上のとおりであるから、職務執行命令訴訟においては職務執行命令の実質的な適否が審査されるべきであるという被告の見解は採用することができないし、原告の職務執行命令が違憲又は違法な執行を命ずるものであるから被告はこれに従う義務がないという被告の主張(其の一ないし其の六)は主張自体失当であるといわなければならない。

したがつて、理由の項の冒頭説示の事実に基き、爾余の判断をなすまでもなく、被告は東京都収用委員会から前記裁決申請書及び添付書類を受けとつたときは、直ちに当該裁決申請のあつた旨及び土地収用法第四十二条第一項第二号イに掲げる事項を公告し公告の日から二週間その書類を公衆の縦覧に供すべき義務のあることは地方自治法第百四十八条第三項別表第四、二(四十三)の規定に照らし明らかである。

次に土地収用法第四十四条第三項の規定による報告事務に関し地方自治法第百四十八条第三項の別表第四の二各号列挙の国の事務中に明示されていないことは被告の主張する通りである。けれども土地収用法第四十四条第二項の公告及び縦覧事務につき被告にその義務のあることは前に説明した通りである。しかして、右公告及び縦覧の事務は収用委員会の裁決にいたる一連の手続中の一個の手続であつて、この公告があつたときは原則として縦覧期間内に限り土地所有者、関係人又は準関係人は意見書を提出して裁決手続に加入することができる(土地収用法第四十五条、第四十六条第二項)し、縦覧期間を経過したときは収用委員会は遅滞なく審理を開始しなければならない(同法第四十六条第一項)のであるが、仮に公告及び縦覧手続がとられてもその公告の日が明らかでなければ収用委員会としては爾後の手続を進めることができないのであるから、公告及び縦覧の手続を為した町長が右公告をした旨及び公告の日を報告することは当然のことに属し、右報告が為されることによりはじめて公告及び縦覧の手続は完成するものというべきである。従つて右公告の日を収用委員会に報告する事務は地方自治法第百四十八条第三項別表第四、二(四十三)に規定する土地収用法に定めるところにより収用委員会の裁決申請書を公告し又は縦覧させる事務に付随しこれに包含されるものと解するのが相当である。

以上の理由により、被告は東京都収用委員会から送付を受けた別表(二)記載の裁決申請書及びその添付書類の各写に基いて、土地収用法第四十四条第二項所定の公告をし、公告した日から二週間右裁決申請書及び添付書類の各写を公衆の縦覧に供し、且つ公告した日を遅滞なく東京都収用委員会に報告すべき義務があり、その義務履行の期間及び方法については、裁判所の相当と認めるところにより、なお訴訟費用の負担については職務執行命令等訴訟規則第一条、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 地京武人 井関浩)

別紙(一)

公告

土地収用法第四十四条第二項の規定に基き、次のとおり公告する。

一、第二項に記載の土地について起業者東京調達局長から東京都収用委員会に対し、昭和三十一年六月十九日に収用の裁決の申請があつた。

二、収用しようとする土地の所在、地番及び地目は左記のとおりである。

所在              地番      地目

東京都北多摩郡砂川町字大山道東 一、二四〇ノ三 畑

同字              一、二四三ノ一 畑

同字              一、二四四ノ一 畑

同字              一、二四八ノ一 畑

昭和 年 月 日

東京都北多摩郡砂川町長 宮崎伝左ヱ門

別紙(二)

昭和三十一年七月三日東京都収用委員会から送付を受けた、東京調達局長作成東京都収用委員会宛の昭和三十一年六月十九日付東調第二、三七八号(TRF)の記号を付した裁決申請書及び左記標目の添付書類の各写

一、土地収用法第四十二条第一項第二号に基く市町村別調書

二、損夫補償金算出内訳書

三、土地収用法第三十六条の規定による土地調書写

四、土地収用法第三十六条の規定による物件調書写

五、協議の経過説明書

六、立川飛行場拡張計画図

七、起業地の位置を表示する図面

八、土地台帳付図(公図)写

九、所有者及び関係人宛収用認定処分の通知書写

十、収用認定通知書写

十一、収用認定書写

十二、収用認定申請書

以上

別紙(三)(四)省略

当事者目録省略

答弁書

目次

第一、請求の趣旨に対する答弁 丁

第二、請求の原因に対する答弁 丁

壱 事実の認否       丁

弐 被告の主張其の一    丁

参 被告の主張其の二    丁

四 被告の主張其の三    丁

五 被告の主張其の四    丁

六 被告の主張其の五    丁

七 被告の主張其の六    丁

八 被告の主張其の七    丁

凡例

被告答弁書は、左記の例により、略称を使用する。

一、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」は、「安全保障条約」と略称する。

二、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」は、「行政協定」と略称する。

三、」日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊」は、「駐留軍」と略称する。

四、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」は、「特別措置法」と略称する。

第一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因に対する答弁

壱 事実の認否

一、第一項及び同釈明中、原告主張日付の官報に原告主張の収用認定に関する告示及び公告が掲載されていることは認める。然し、土地収用法第四〇条の規定による「協議」があつたこと及び協議が不調となつたことを否認する。その他は不知。

二、第二項中、「右」は不知。その他は認める。

三、第三項中

(1) 前段について、原告主張の義務が被告にあることを争う。又報告すべき先が東京都収用委員会であることを争う。但し、土地収用法第四四条第二項及び第三項原告の主張と同旨の規定のあることは認める。

(2) 後段(「しかるに」以下)は認める。

四、第四項中

(1) 昭和三十一年七月十三日迄に被告が本件公告並に本件裁決申請書の縦覧手続を行わなかつたことは認めるが、「これは国の機関としての被告の権限に属する国の事務の執行を怠るものである」との原告の主張を争う。

(2) 原告が原告主張日付書面を以つて被告に対し原告主張の命令をなし、右書面が原告主張の日に被告に到達したことは認めるが、右命令の法律上の根拠が「地方自治法第一四六条第二項の例によるもの」であることは争う。

(3) 被告が右命令所定期限を経過して今日迄報告をしなかつたことは認めるが、土地収用法第四四条第三項の規定による報告事務は、地方自治法第一四八条第三項別表第四の二第二項各号に限定列挙する町長の管理し執行すべき国の事務中には含まれていない。

弐 被告の主張 其の一(特別措置法の無効その一)

一、原告の命令は、後記の如く、憲法に違反する無効な法令の執行を命ずるものであるから、被告にはこれに従わない正当な理由が存在する。何となれば、かかる違憲無効の法令を執行すると、被告は、公務員としては憲法尊重擁護義務(憲法九九条)に違反することとなり、町長(普通地方公共団体の執行機関)としては「国」の事務を「自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務」(地方自治法第一三八条の二)に違反することともなるため、何人の命令を受けてもこれを執行すべきでないからである。従つて、原告の本訴請求は失当である。

二、東京都収用委員会から被告に送達された本件裁決申請書は、特別措置法第三条及び第一四条に基いて送達されたものである。

被告が本件裁決申請書の送達を受けたにもかかわらず、特別措置法第一四条、土地収用法第四四条第二項に規定する措置をとらないのは、特別措置法が違憲無効であるからである。

三、特別措置法が違憲無効である理由の一は次のとおりである。

この法律は、行政協定を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関して、土地収用法の特則を定めたものである。従つてこの法律の法規範は、行政協定の発効を条件として、発動するものであるといえよう。ところが、行政協定は次に記す理由によりその成立手続が違憲であるため不成立であり未だ発効しないので、従つてこの法律の法規範は、第三条及び第一四条を含めて、未だ発動することを得ないのであり、所詮無効である。

四、行政協定が不成立である理由は次のとおりである。

日本法に関する限り、条約の成立手続は憲法の定めるところである。憲法の定める手続を経ない条約は、成立することができない。かかる条約が憲法第七条により公布されたとしても、国内施行の効力を生じないことについては、いわゆる憲法優先説をとる者といわゆる条約優先説をとる者との間に異論がない。ある条約の締結について憲法の定める手続が履践されたか否かの問題は、その条約の存否の問題であり事実認定の問題であるから、裁判所の法令審査権(憲法第八一条)が条約に及ぶか否かの論議にかかわりなく、裁判所はこれを審判すべき職責を有する。

さて、行政協定が締結された経過をみると、政府は第十二国会で安全保障条約の締結について、憲法第七三条第三号但書の規定に基いて、国会の承認を受けた上、昭和二十七年四月二十八日に同条約を締結し、翌二十八日憲法第七条に基いて、同条約及び関係文書を公布した。この関係文書中に行政協定は含まれていたのである。そこで行政協定そのものがいつどのようにして締結されたかについていうと、政府は同年二月二十七日に政府の責任でこれを締結し、事前にも事後にも憲法第七三条第三号但書の規定に基く国会の承認を求めた形跡がない。

そこで、次のことがいえよう。行政協定は憲法第七三条第三号、第六一条所定の国会の承認を得ていないから、条約として憲法上不可欠の成立要件を欠くものであつて、不成立である。

(一) 憲法第七三条第三号にいう条約がひろく国家間の文書による合意を含むものであつて、それが条約と呼称されるかどうかにかかわりがないことは異説をみない。行政協定とがとくに行政協定と呼ばれたのは、アメリカにおける条約と行政協定との区別に関する慣行によつたものであつて、それが条約でないことによるものでないことはいうまでもない。

(二) 更にまた行政協定は、政府間の日常的な外交文書でないことは勿論、日米安全保障条約の実施細目を定めるための技術的、事務的取極めや、また同条約の委任に基く受任命令的内容を有するにすぎないようなものでもない。

安全保障条約第三条は「アメリカ合衆国の軍隊の日本国内及びその附近における配備を規律する条件は、両政府間の行政協定で決定すると定める。即ち同条約はアメリカ合衆国軍隊の配備を規律する条件について一言半句も定めることなく、そのすべてを行政協定に譲つたのであつた。配備規律の諸条件のすべてを規定する協定を事務的、技術的な実施細目と呼ぶことはできない。また安全保障条約第三条は諸条件について何らの内容をも示さないのであるから、それらについて行政協定への委任を定めたものとみることもできない。条約の委任は、法律の委任と同様具体的個別的に限定された事項について行われることが必要であり、どういう場合にも、国会が条約承認権を独占するという憲法の根本建前を否定するような程度の委任――白紙の委任又は授権立法――は許されない。

かくて行政協定が国会の承認をうけるべき条約であることは疑をいれないところであり、また第十二国会において政府の明言したところでもあつたのである。

(三) しかるに、行政協定によつて国会の承認の手続は行われなかつた。

第十二国会は安全保障条約を承認したけれども、この承認をもつて、行政協定についても事前に併せて承認したものとみることはできない。すなわち、それが同時に行政協定の承認となるためには、国会の承認が行われる際に行政協定の内容がそのすべてにわたつて明白となつており、明白な内容をもつものとして国会に承認が求められていたのでなければならない。

しかるに、第十二国会の際には行政協定の内容は一切不問に付せられたまま、その片鱗さえも明らかにされるところがなかつたのである。従つて安全保障条約の承認によつて行政協定の承認もあつたということはできない。

(四) 特別措置法の国会による可決成立によつて、土地の使用収用に関する範囲において行政協定の承認があつたものということもできない。条約の承認と法律案の可決とはその憲法上の性質、手続を全く異にするからである。

結局、行政協定は憲法の定める手続を経ない条約であり、成立に瑕疵があり従つて条約として成立していないものである。

参 被告の主張 其の二(特別措置法の無効その二)

特別措置法が違憲無効である理由の二は次のとおりである。

憲法第九条は

「 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸消空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

と定めた。その趣旨は、凡そ侵略を目的とする戦争であれ、自衛権の発動たる戦争であれ、一切の武力の行使、威嚇及び交戦権を全面的に否定し抛棄する原則と、一切の戦力(War Potential)を所持しない原則とを併せ規定したものである。ところが、特別措置法は、第一条において「日米安全保障条約第三条による行政協定を実施するため、日本国に駐留する米国軍隊の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする」旨明記し、第三条において「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるときは、この法律に定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる」と規定して明らかに特定国の軍隊に日本国内の駐留を認め、かつその軍事基地を提供するものである。そこで、特別措置法の合憲性の有無が問題とされなければならない。

特別措置法は、安全保障条約及び行政協定を実施するための国内法上の措置であるところ、安全保障条約は、前文において

1 日本国は武装解除されているから、平和条約効力発生時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。

2 無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されず日本国に危険があるので、日本国は米国との安全保障条約を希望する。

3 平和条約及び国連憲章は、個別的集団的自衛の固有の権利を認めているから、その権利の行使として、日本国はその防衛のための暫定措置として日本国に対する武力攻撃を阻止するため国内及びその附近に米国軍隊が維持されることを希望する。

4 米国は、その軍隊を日本国内及びその附近に維持する意思がある、又日本国が、攻撃的脅威にならない程度で直接間接の侵略に対する自国防衛のため自ら漸増的に責任を負うことを期待する。

と規定し、第一条において、米国軍隊を日本国内及びその附近に配備することとし、その軍隊は、極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びに外国からの干渉等による大規模な内乱を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国内の安全寄与のため、これを使用することができる旨定めている。

結論的に掲げると、この条約の目的内容は憲法第九条に反するものである。

(A) 即ち、先づ、本条約は単に日本国の安全のみならず、日本国以外の外国の紛争に対して米国軍隊が武力を行使するために、日本国内に駐留し基地を提供するものであり、このことは、凡そ憲法第九条の宣明する絶対平和主義の原則に真向から抵触する。何となれば、右にのべた安全保障条約第一条は、米国軍隊の使用目的として、冒頭に「極東における国際の平和と安全の維持に寄与すること」をかかげ、「並んで」日本国の安全のためにもこれを使用することができるとしているのであつて、右条文の趣旨よりすれば、右両目的は並存し、日本国の安全防衛以外にも「極東における平和と安全」のために日本国内に駐留する米国軍隊は使用されるのである。ここにいう「極東」とは少くも日本国以外の外国をも含んでいるのであつて、然らば、外国に生じた紛争(たとえそれが外国の自衛権による武力の行使であつても)に対し、米国軍隊がその武力を行使し、極東にある外国と戦闘状態に入るについて、これに日本国が援助を与え、米国軍隊を駐留させ、かつ基地を提供することは、全く日本国自体の自衛権を逸脱しているといわざるをえない。従つてこのように、特定国の軍隊に日本国法上の特典を与え、一方日本国が右の紛争に関し米国軍隊の武力行使に対して援助を与え基地を提供すべき義務を負うことは憲法第九条に反すること明らかである。

(B) 次に、安全保障条約が、日本国の安全防衛のみのために米国軍隊が、駐留し、侵略に対して武力行使をすることを定めているとしても、尚、憲法第九条に違反する。

即ち、(一)憲法第九条は、自衛権自体を認めているか否かはともかく、少くともその行使の方法としての武力の使用及び交戦権は、一切これを否定し抛棄しているのであるが、右条約によると、日本国に自衛のための武力使用及び交戦権の存することを前提とした上、現実には武装解除されて行使できないから、漸増的に、これを行使しうるまで、米国軍隊が代つて日本国の防衛に当たる、としているのである。その目的の如何を問わず全面的に交戦権を抛棄した日本国が、自衛権としての交戦権の行使を特定国に委任することは出来ない筈である。しかるに、右条約では、日本国に対して外部から侵略行為があつたときは、米国駐留軍の武力行使によつてこれを阻止しもつて日本国の防衛をするというのであるから、日本国は憲法上自らの手によつて行使しえない権利を、他国の軍隊を通じて行使するという不当な結果を生ずる。これは明らかに憲法第九条の趣旨に反するといわなければならないのであつて、かかる軍隊の駐留を認め、その用に供するため日本国民の所有する土地を強制的に収用する旨を定めた特別措置法は違憲無効であることを免れない。

(二)次に、安全保障条約及び行政協定によると、日本国は条約上の権利として、米国駐留軍の出動による武力の行使を要請することができ、又条約上の義務として米国駐留軍と必要な共同措置をとらなければならないこととなり、直接及び間接に日本国防衛上の武力行使を認める結果を生じている。

即ち安全保障条約第一条では、米国駐留軍は外国の干渉によつて惹き起された日本国内における大規模の内乱等を鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用できることとなつており、行政協定第二四条では、日本区域に敵対行為等が生じたときは日米両国政府はその防衛のため必要な共同措置をとり、且つ右条約第一条の目的を遂行するために協議すべき旨定められている。

右の共同措置とは当然軍事的共同措置を含むものであり、又防衛義務のある米国が日米安全保障条約により、侵略国に対し宣戦を布告し又は戦闘状態に入れば、日本国も亦同様の戦争状態に入ることは条約上必至である。

このように、米国駐留軍は日本国自身の軍隊ではなく、又直接その指揮下にはないにしても、駐留軍による武力行使と日本国の交戦権の行使とは、条約上密接不可分の関係にあるのであつて、この点よりするも、憲法第九条に違反する。従つてかかる条約及び協定を実施するための国内法上の措置であるところの特別措置法は違憲無効であることを免れない。

(三)さらに、前記条約及び協定は、同じく憲法第九条が定める戦力不所持の原則にも違反する。憲法で禁止する「戦力」の意義については、争いがあるけれども、日本国内に駐留する米国軍隊のように、原子砲その他、現在の世界の軍事文明において最高度の兵器を所持する軍隊が「戦力」に当ることに異議はない。従つてここに問題とされることは、憲法第九条にいう「戦力」の禁止が日本国自身の戦力に限るか否かである。

およそ法の効力を論ずるに際しては、属人的効力と属地的効力を考えなければならない。憲法は国の最高法規であつて、その効力の及ぶ範囲は、人的には日本国民であり、地域的には日本の領土である。従つて日本国が戦力を保持しない旨の憲法の趣旨は、日本国及び国民による軍隊及びその基地等を保持しないという意義のみならず、その主権の及ぶ範囲において、いかなる戦力をも存置しないという意義をも有する、憲法第九条が、「日本の戦力」のみに関する規定であつて、外国の戦力を日本の領土内に所持することを禁止していないとする説は、法の属地的効力を無視するものである。

(四)さらに又、安全保障条約は、日本国が自衛のための戦力をもつべきことを予定している。即ち同条約前文末尾には、日本国が漸増的に自衛のための責任を負うことを期待する旨明記している。これは単なる希望条件とは解しえず、実質上日本国に再軍備を義務づけているのであつて、現に、具体的に日本国の再軍備と戦力保持を規定した日米相互防衛援助協定(MSA協定)の前文は、右協定が、安全保障条約前文中の右趣旨に基くものであることを明記している。安全保障条約のように日本国の再軍備を予定しこれを前提とすることが憲法第九条に反することは、蓋し説明を要せずして明瞭であろう。従つて、右条約及び行政協定を実施するための国内法的措置として制定された特別措置法は違憲無効である。

(五)而も日米安全保障条約及び行政協定は、国際連合憲章の趣旨にも反するものである。

日本国は未だ国際連合に加入していないから、直接加盟国として憲章の条項を遵守すべき義務が法的に存するわけでないが、右条約は国連憲章第五二条による地域的取決に該当するという説をだすものがあるので、その点を考えると、国連憲章第五二条は国際平和及び安全維持に関する事項で地域的行動に適当なものを処理するための地域的取決を認めているが、その取決又はその行動が国際連合の目的及び原則と一致することを条件としている。然らば、日米安全保障条約及び行政協定のように、第二次世界世界戦争中の敵国でなかつた特定国を軍国主義であるとして仮想的な対象とし、これに対して他の特定の一国のみの国内駐留を認めてその武力の行使を許容する内容の条約協定は、「一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、このために、寛容を実行し、且つ善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないこと……」(憲章前文)を目的とし「国際的の紛争の解決を平和的手段によつて且つ正義及び国際法の原則に従つて実現すること」(憲章第一条)を定めている国際連合の目的と原則に反するものである。特に、国連憲章第五三条は地域的取決に関して「いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取決に基いて又は地域的機関によつてとらればならない」旨規定されているにもかかわらず、日米安全保障条約及び行政協定には、米国駐留軍が軍事的行動をとるについて、国際連合及びその安全保障理事会の指示又は許可をうけるべき、何らの規定もない。このことは、米国という特定国の駐留軍が、国際連合の軍隊としての機能を営むものでないことの一端を示しているといわざるをえない。従つて、何れの点よりするも、右の条約及び協定による米国軍隊の日本駐留は国際連合憲章の趣旨にも反しているし、到底これを国際連合の軍隊と同一視することはできない。

又たとえ、国際連合の軍隊を、日本国内に駐留させ、日本国の自衛権の発動に代つて、その武力行使を認める条約が結ばれたとしても、その条約としての効力、国際法的な評価は格別、国内法秩序としては、依然憲法第九条の交戦権抛棄、戦力不所持の原則に違反する結果を免れ得ないであろう。まして、特定国の軍隊を駐留させ、その武力行使を認めるにおいてをやである。

(六)最後に憲法第九条に違反するか否かを判断するに際しては、単に同条の規定する範囲にとどまらず併せて憲法前文の規定する絶対平和主義の原則に照してその合憲性の有無を検討しなければならない。即ち憲法前文は、その冒頭に「政府の行為によつて再び惨禍が起ることのないようにすることを決意し」てこの憲法を確定したと宣言し「日本国民は恒久の平和を念願し」「平和を維持し」「国際社会において名誉ある地位を占めたい」とのべている、これらが、どのような日本国民の惨禍と苦痛の歴史の上に築かれたか、又このような憲法の強い表現をいかなる決意をもつて採択したかについては、今更云為する必要はあるまい。憲法制定に際しては、右に表現された信念をもつて第九条を設けたのであつてある特定国の軍隊を日本国内に駐留させ、それに日本国のため自衛権の発動たる武力の行使を代行させるというようなことは憲法前文の規定する絶対平和主義の原則に反する結果を免れることはできない。従つていずれの点よりするも、特定国の軍隊を駐留させこれに基地を提供するために、国民の所有する土地を強制収用する旨等を定めた特別措置法は違憲無効である。

(七)なお、条約は憲法に優位し、その内容が矛盾するときはその範囲で、憲法が修正され、かつ条約は裁判所の違憲審査権の対象となり得ないと説くものがあるが、本件はあくまで、職務執行命令の根拠法である特別措置法自体の違憲無効が問題とされているのであつて、その範囲において条約、協定の趣旨が参考に供されるのであり、直接条約の効力を云々するものではない。又条約の国内法的効力については、もとより、憲法を最高法規とする国内法秩序の評価をうけるべきものであると考える。

四 被告の主張 其の三

本件裁決申請の大前提たる内閣総理大臣の収用認定は、地方自治の本旨に反する点において憲法第九二条に違反し、又国民の財産権保障に反する点において憲法第二九条に違反し、結局特別措置法第三条に規定する「適正且つ合理的」要件を著しく欠いた違憲且つ違法な処分として無効であり、右収用認定の有効を前提とした本件請求は理由がない。即ち、

(1) 駐留軍用軍事基地設定に伴い、いずれの基地の住民も文化的、衛生的、教育的、経済的その他凡そ近代人の生活に必要な全ての面において計り知れない害悪を蒙つている。即ち全国六五七ケ所総面積四億一、〇〇〇万坪に上るぼう大な軍事基地をアメリカ軍に提供している日本国民は、直接又は間接に、全国民が右同様の害悪の虜となりつつあるということができよう。右害悪から国民を守りその財産権(憲法第二九条)及び生存権(憲法第二五条)等の保障を求めるため、全国からアメリカ軍の駐留に反対の声が挙つている。

(2) 以下本件土地について「適正且つ合理的」でない諸点を主張する。本件土地所在の砂川町は武蔵野台地の西方狭山丘陵と多摩川との中間に位置し原告を含む地元農民の祖先が今を去る三百五十年の昔に開こんの第一歩をふみ出し爾来十数代に亘つて営々として切開き現在にみられる沃野が生成したもので東西約二里五丁南北は最も広い所で僅か三十丁余りという狭少な町で、街の中心部を東西に五日市街道が走つて居り町の総面積は一、四〇〇町歩、この内耕地は約一、〇一〇町歩、宅地約八〇町歩、人口は約一三、〇〇〇人である。

(3) 而してこの町は大正年代の立川陸軍飛行場の設置以来荒れくるう日本軍国主義の嵐に木の葉の如くさいなまれ昭和十六年に至る期間に右立川飛行場、東京少年飛行学校、横田飛行場のために前後九回面積にして約五十一万坪の土地を接収され、日本国の敗戦後においてもアメリカ合衆国の占領軍のために昭和二十一年十一月何等権利者に通告もなく突如として米軍のブルトーザーの音も喧しく作物ごと農地を接収されて以来前後六回約二十二万余坪の農地墓地がたちまちにして飛行場となり、その総面積は砂川町全耕地の四分の一に達する広さである。

(4) 又、夫平洋戦争中立川飛行場等があることによつて砂川町民のうけた生的人的損害は全焼壊家屋一四九戸、半焼壊一一一戸、死者二五人、負傷者一三人に達し更に昭和二十六年にはアメリカ軍飛行機の事故により全焼家屋四戸、損壊家屋百七戸に上つているが被害はこれらに止らず、昭和二十二年、同二十六年に至る間の降雨による本件及び同地上家屋に対する浸水、飛行機の爆音による学校、町役場、農業協同組合、郵便局における又は一般住民のうける教育上、執務上、勤務上、健康上その他の損害及び飛行機墜落等の危険によりする精神的損害も又甚大なものである。本件収用認定により将来砂川町民の蒙る前記損害はいずれも数倍たらざるを得ない。

(5) 特に飛行場滑走路延長による本件土地に対する収用認定によつて砂川町の動脈五日市街道は東西に二分され、全く以てその機能を停止せざるを得ない状態に陥るのである。即ち五日市街道は原告のみならず、砂川町民にとつて物資の運搬隣接市町村との交通等の上から重要且つ必須道路であるが本件土地収用認定に伴う滑走路延長により右道路は道路としての価値を喪失することにより原告を始め砂川町民等のうける損害は莫大なものといわざるを得ず、更に帯状の町の中心部に楔が打ちこまれることによつて町は東西に寸断され普通地方公共団体たる町の存立自体が危ぶまれるに至る。

(6) 而のみならず日本においては全国土に対する耕地面積の割合が低率であり又一戸当りの耕作面積も狭少であることは、公知の事実であるが、原告らも現在においては農家経営上最少限の土地を保有し耕作するのみで本件収用認定により農家経営が不可能になるのみならず農地の喪失により将来の生活基礎を失することとなるものといわねばならない。

(7) 又これを風紀上からみれば本件土地は、立川軍事飛行場の周辺に位置し、隣立川市に一度足をふみ入れた者は街を彩る植民地的様相にアメリカ西部に来たのかと錯覚に捉われるのであるが、本件土地所在町である質朴な砂川町においては昭和二十八年十二月、アメリカ軍駐留による風紀のびん乱を防止する為、売春風紀等に関する諸行為を取締り、善良なる風紀と質朴なる環境を保持し社会秩序の健全なる発展と平和な住みよい郷土の建設を図るを目的として砂川村風紀取締条例を制定したが、かかる取締を以てしても郷土の風紀及び秩序の頽廃を防止し得ない。

(8) さればこそ今次の攻張計画については、町を守るために地元民を始め、町議会、他町内各種団体においても反対を決議し、町ぐるみになつて反対になつて立上つたのであり、北多摩郡下の市町村長、市町村議会、各種団体においても右趣旨の許に又基地拡張反対の決議をなし、更に都議会も善処方を要請決議した。

(9) 以上の諸点よりすれば、本件土地をアメリカ軍の用に供する内閣総理大臣の収用認定は、地方自治体の存立を毀損する点において地方自治の本旨たる住民自治の保障(憲法第九二条)に違反し、且つ町民の農地等を収奪する点において国民の財産権の保障(憲法第二九条)に違反することを免れないのであつてあわせて特別措置法第三条に規定する「適正かつ合理的」の要件をも著しく欠いた違憲且つ違法な処分として無効といわねばならない。

五 被告の主張 其の四

東京都収用委員会は、本件裁決申請書を受理しその手続を進める権限がない。即ち、特別措置法第一四条の規定は土地収用法第五章第一節「収用委員会の組織及び権限」の適用を除外している。故に特別法を以つて特別措置法上の裁決機関を定めざる限り、その権限を有する機関はない筈である。

従つて、無権限の右収用委員会から送付を受けた書類につき、被告が土地収用法第四四条第二項、第三項の義務を負ういわれはない。

六 被告の主張 其の五

調達局長は裁決申請前土地収用法第四〇条に定める「協議」義務を有し、且つ、商法第四一条の規定により右協議が不調又は不能等の時はじめて裁決申請をなし得るものである。

しかるに、本件においては、東京調達局長は、土地収用者並に関係人との間の協議をしておらず、之は土地収用法第四〇条に定める「協議」の要件を充したものと言えない。又仮に協議があつたとしても未だ協議が不調になつた事実はない。

従つて、本件裁決申請はその前提要件を欠く違法無効の申請であり、無効の申請に基く送付に対し被告は之に従う義務はない。

七 被告の主張 其の六

土地収用法第四二条第一項によれば裁決申請書に添附すべき書類を法定してあり、適法に作成される土地調書及び物件調書が添附されない裁決申請は違法無効であると解すべきである。しかるに、本件裁決申請書に添附された土地調書及び物件調書は、立会調査にあたり土地収用者並に関係人を立会せしむる機会を与えておらず、都知事の任命した立会人の署名押印を有するけれどもそれは調査の際立会つた事実なく後で調書作成の時にめくら判を押したものであるから明らかに違法であり、この点において本件裁決申請は適法な土地調書及び物件調書を欠いた違法無効の申請であることを免れない。因つて無効な裁決申請に基く本件請求に被告が従う義務はない。

八 被告の主張 其の七

請求の趣旨第三項の「報告」は、地方自治法第一四八条第三項が表第四の二第二項各号に限定列挙して規定された町長の管理し執行すべき「国」の事務中に含まれていないので、右原告の請求は他の点の判断を俟つまでもなく理由なきこと明らかであつて、棄却されるべきである。

以上

準備書面(昭和三十一年九月二十九日附)

被告の昭和三十一年九月二十日附答弁書に対して、原告は次のとおり陳述する。

第一事実の認否等

一、「四、被告の主張其の三」中、

(1)について

日本国内に存するいわゆる基地が六五七ケ所。総面積四一、〇〇〇万坪であることは認める。

(2)について

認める。但し、その数字の点は不知。

(3)について

砂川町の一部が飛行場敷地となつていることは認めるが、その他は不知。

(4)について

飛行機事故によつて砂川町の住民の一部に被害があつたことは認める。その他は不知。

(5)について

砂川町の中心部を東西に五日市街道が走つていることは認めるが、その他は不知。

(6)について

不知。

(7)について

被告主張の条例が制定されたことは認めるが、その他は不知。

(8)について

砂川町議会が、被告主強の決議をしたことは認めるが、その他は不知。

二、「六、被告の主張其の五」中、

「東京調達局長は、土地収用者並に関係人との間の協議をしておら」ないこと、「未だ協議が不調になつた事実はない」ことは否認する。

三、「七、被告の主張其の六」中、

本件裁決申請書に添付された土地調書及び物件調書に「都知事の任命した立会人の署名押印」があることは認める。「立会調査にあたり土地収用者並に関係人を立会せしむる機会を与えておら」ないこと、「それは調査の際立会つた事実なく後で調書作成の時にめくら判を押したものである」ことは否認する。

四、「一、被告の主張其の一」乃至「八、被告の主張其の七」中、被告主張の趣旨は否認する。

第二原告の主張

一、本件職務執行命令において、被告のなすべき事務は、土地収用法第四十四条第二項に規定する土地収用裁決申請の公告及び関係書類を縦覧に供することであるが、この公告、縦覧なるものの法律上の性質は、要するに、一般公衆に対し、裁決申請のあつたことを知らせるためにする行為であつて、法学上のいわゆる通知行為である。これは、行為者(被告)の意思に基いて何らかの法律効果が発生するといつたものではないから、裁量の余地のない、きわめて機械的な執行行為に過ぎない。従つて東京都収用委員会から裁決申請書及びその添付書類の写(以下本件裁決申請書という)の送付があれば、被告としては、ただ形式的に所定の公告、縦覧の手続を採ればよいのであつて、その以外に何らの審査も判断も必要がないのである。

しかるに、被告の主張によると、本件裁決申請は無効であるから本訴請求に従う必要がないというのであるが(被告の主張其の五、其の六)、たとい本件裁決申請が本来は無効なものであつても、いやしくも裁決申請書の形式を備えており、権限のある収用委員会から送付されたものである以上、直ちに、所定の公告、縦覧の手続を採らなければならないのであつて、通知行為は、通知すべき事項の効力いかんとは全然無関係の行為である。この公告等によつて、はじめて裁決申請のあつたことが一般公衆に正式に知らされることになり、裁決申請が無効であるならば、その収用されようとする土地等の利害関係人が、そうした主張をすることができるのであつて、無効を主張すべきものは被告ではない。

また、公告、縦覧の手続を経てから、はじめて収用委員会は裁決申請の効力等について審理を開始することができる(土地収用法第四十六条)のであつて、審理の権限を有するものも収用委員会であつて被告ではない。権限なくして裁決申請の効力を審査し判断してもそれは無効である。要するに、被告は、ただ速かに、本件裁決申請のあつたことを一般公衆に形式的に知らせるだけで足りるのであつて、本件裁決申請の無効を理由として本件職務の執行を拒否する被告の主張は、全く理由がない。

二、次に被告は、本件裁決申請の前提たる内閣総理大臣の収用認定は憲法違反で無効であるから、従つて、この収用認定の有効な前提とした本訴請求は理由がないと主張する(被告の主張其の三)。

(1) もし前提手続たる収用認定が無効ならば、裁決申請の効力に影響するであろうが、しかし、たとい裁決申請が本来は無効なものであつても、所定の公告、縦覧の手続を採らなければならないことは、すでに上述した理由により明らかである。

従つて、収用認定の効力いかんは、裁決申請の効力に影響することはあつても、公告、縦覧という通知行為をなすべき義務の存在に何らの消長もきたすものではないのであつて要するに、この公告等の手続は、収用認定の効力いかんとは全く関係のないそれ自身独立した別個の事務なのである。かようなわけで、被告の「収用認定の有効を前提とした本訴請求は理由がない」という主張は、全く当らない。

(2) また、以上の論を別として、なお附説すれば、いやしくも形式的に行政行為が成立している以上、たとい、それが本来無効であるとしても、客観的にはその無効であることは明白なものではないから、一応は有効と推測せらるべきものであり、従つて、その行為者たる行政機関の権力下にある下級行為機関はその無効であることを認定する権能を有しない。そうとすると内閣総理大臣の収用認定は仮に本来は無効であるとしても、それは客観的に明白なことではないし、また、被告は国の機関の立場として内閣総理大臣の権力下にあるのであるから、被告には収用認定の無効を認定する権限はないのであつて、かかる観点からも、被告が収用認定の無効を理由として本件職務の執行を拒否することは許されないことである。

三、次に被告は、本件裁決申請書は特別措置法(被告使用の略称による)第三条及び第十四条の規定に基いて被告に送達されたものであるが、同法はその内容が違憲、無効であるので、原告の本件職務執行命令は結局、無効な法律の執行を命ずることに帰するから、被告としてはこれに従えないと主張する(被告の主張其の一、其の二)。

(1) しかし、特別措置法第三条は、土地等の収用等をするための必要要件(収用認定の要件)に関する規定であつて、被告が本件裁決申請書の送付を受けた直接の根拠規定とはいえないが、同法第十四条は、土地収用法第四十四条その他の規定を通用する旨を規定しているので、同条が本件送付の根拠規定であるようにも考えられるが、東京都収用定員会が本件裁決申請書を被告に送付したのは、土地収用法第四十四条第一項の規定に基くものであつて、本件裁決申請が特別措置法に基くものか否かの判断がなさるべき以前の処置である。従つて、被告としても、収用委員会から本件裁決申請書の送付を受けた場合、それが特別措置法に基くものか否かについて判断を加える何らの必要も義務もないのである。被告としては権限のある収用委員会から客観的にみて土地収用の裁決申請書とみられるものの送付を受けたことが認識できれば、直ちに、機械的に所定の公告等の手続を採らなければならないのである。もし、特別措置法が被告の主張するように無効であり、従つて本件裁決申請が無効ということになるのであればそれは、公告等があつてから、収用されようとする物件の利害関係人から主張されることはあつても、被告の立場として主張すべきことではない。よつて、特別措置法が無効であることを前提として、原告の本件命令に従わなくてもよいという被告の主張は理由がない。

(2) また、もし本件裁決申請書が被告の主張するように、特別措置法に基いて被告に送付されたものであり、従つて、本件公告等の事務執行も同法に基く執行ということに帰するものとしても、同法が違憲、無効であることを理由として本件職務の執行を拒否することはできない。

元来、法律が国会によつて制定され、形式的には有効に成立している以上、その規定する内容は、当然憲法に適合すると認められて制定されたものと推定されるべきものであつて国会が国権の最高機関である憲法第四十一条ことの趣旨からも、法律を誠実に執行すべき立場の行政機関としては、当該法律を合憲、有効なものとして執行すべき拘束を受けるのであり、法律の実質的効力について審査する機能は有しない。そうでないと、法律の内容が憲法違反か否かというようなことは、客観的に明白なことではないから、各行政機関が独自の立場で審査し、無効と認められればその法律を執行しないということになれば、本来有効な法律も、ついに執行されないですまされてしまうような事態も生じ、国政運営上重大な障害を生ずることになろう。

右のようなわけで、被告としては、特別措置法について実質的効力の審査をする権限はなく、従つてたとい同法を無効と考えたにしても、それを理由に本件職務の執行を拒否することはできない。

四、「五、被告の主張其の四」に対して

しかし、特別措置法第十四条は、土地収用法第四十四条その他収用委員会の存在を前提として規定を多数適用しているのであるから、特に土地収用法第五章第一節(収用委員会の組織及び権限)の適用を除外している意味は、特別措置法としては、右第五章第一節の規定によつて設置された既存の一般の収用委員会をして裁決関係の事務を処理せしめる建前であることが明らかである。従つて、右第五章第一節を適用することは不必要であるのみでなく、もし適用するとすればかえつて、一般の収用委員会の外に、さらに別の収用委員会を設置するかのような疑問を生ずるから、わざわざ、その適用を除外しているのである。

右により、東京都収用委員会が、本件裁決申請書を受理して手続を進める権限のあることは明らかであつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

五、結論

(1) 被告の執行すべき本件職務の内容は、上述したようにいわゆる通知行為であつて、機械的、き束的行為であるから、その行為の性質上、特別措置法や内閣総理大臣の収用認定あるいは本件裁決申請が、いずれも、被告の主強するように無効であるとしても、それによつて、本件義務を執行すべき被告の存在に何らの影響をきたすものではない。従つて、被告の主張する右効力の問題について検討を加えるまでもなく原告の本件職務執行命令の正当であることが明らかである。

(2) また、右の論を別としても、元来、本件のような訴訟制度は、普通地方公共団体の長に国の事務の処理が委任されている関係上、それに対し上下の階級をなす行政機関相互の間における適正なる命令関係を維持し、行政全体の秩序、統一ある運営を確保せんとする趣旨であつて、要するに行政組織の内部の問題に関する特殊な訴訟である。

ところが、行政機関には、上述したように執行すべき法律をすべて合憲、有効なものとして取り扱うべき拘束があり、また、下級行政機関には上級行政機関のなした行政行為を有効なものとして扱うべき拘束がある等、職務執行に当り行政機関の置かれている特殊な立場があるのである。従つて、上級の行政機関から下級の行政機関に対して発せられた職務執行命令の適法性、有効性について行われる裁判所の審理も、右のような行政機関の特殊な原則的立場を前提として、そのようなわく内で行われることになるものと考える。

そうすると、結局、審理は、当該職務執行命令が、命令権のある上級行政機関から発せられたものであること、下級行政機関の権限に属する事項に関するものであること、その内容は不能でないことというような有効要件を備えているかどうかの点だけが審理の対象となるべきものではないかと考える。そうとすると、本件命令についてみるに、原告は被告に対し地方自治法第百五十条の規定により指揮監督すべき上級機関としての立場にあり、同法第百四十六条の規定によつて、被告に対して命令権を有し、本件を執行すべき職務は、土地収用法第四十四条第二項及び地方自治法第百四十八条第三項別表第四の二(四十三)の規定により、被告が国の機関として行うべきその権限に属する事項であり、命令の内容は不能でないことはいうまでもないし、また何等の違法性もないことが明らかである。よつて、本件職務執行命令は適法、有効であつて、被告が、その下級行政機関たる立場を考えずに特別措置法の収用認定あるいは裁決申請の無効であることを理由として本件命令に従わなくてもよいという主張は、全く理由のないものである。

訴状中一部訂正

原告の昭和三十一年八月十三日付訴状の請求の原因第四項中、「同条第二項の例により」とあるのを「同条第一項の例により」に訂正する。

訂正書

被告の昭和三十一年九月二十二日附答弁書について、次のとおり訂正する。

一、第二の弐被告の主張其の一(特別措置法の無効その一)

第四項第二段中

安全保障条約の締結日が「昭和二十七年四月二十八日」とあるを、「昭和二十六年九月八日」と訂正し、同条約の公布日が「翌二十八日」とあるを「翌二十七年四月二十八日」と訂正し、行政協定の締結日が「同年二月二十七日」とあるを「同年二月二十八日」と訂正する。

二、四、被告の主張其の三中

1 (2)の二行目「原告を含む地元農民の」

2 (5)の五行目「原告を始め砂川町民等の」

3 (6)の二行目「原告らも現在においては」

とあるのを

1 「地元農民の」

2 「地元農民を始め砂川町民等の」

3 「地元農民も現在においては」

と各訂正する。

準備書面(昭和三十一年十月二十七日附)

第一、本件訴訟の特質から見た審理権(1)の範囲――原告の昭和三十一年九月二十九日附準備書面中(2)に対する弁駁

一、原告は、本件の如き特別の訴訟制度の趣旨は、「上下の階級をなす行政機関相互の間における適正なる命令関係を維持し、行政全体の秩序、統一ある運営を確保せんとする」にあり、被告は、行政機関として執行すべき法律をすべて合憲有効なものとして取扱うべき拘束を受け、また、下級行政機関として上級行政機関の行為を有効なものとして扱うべき拘束を受けるものであるから、職務執行命令の適法性、有効性について行われる裁判所の審理も、行政機関の右の如き特殊な立場を前提とし、そのような枠内で行われるべきで、結局、当該職務執行命令が、命令権ある上級行政機関から発せられたものか否か、等の形式的要件のみが審理の対象となる、と論ずる。

しかし右主張は左に述べる如く誤りである。

二、(職務執行命令訴訟の立法趣旨)

右件職務執行命令訴訟は、一般には認められていない特別の訴訟制度であること、所論の通りであるが、その立法趣旨は次の二点にあると考えられる。

即ち一つは、町長は、地方自治体の執行機関であり、自らの判断と責任に於て事務を執行すべき独立の地位にあり(地方自治法第百三十八条の二)、偶々便宜上国の事務を委任されたからと云つて、当然には上命下服の国家行政機構に組入れられる訳ではない。つまり、執行機関たる町長と監督機関たる都知事との関係は相互に独立であつて、具体的な事務の執行に関する都知事の判断や見解が、当然に町長のそれに優越する訳ではない。従つて、町長の義務の存否や、都知事の処分もしくは職務命令の合憲性、適法性の有無に関して両者の間に争いが生じた場合には、その解決の必要上、問題が法令の解釈に関する事項であるところから裁判所を介入せしめようとするものである。

今一つは、町長は、地方自治体の長であつて、地方住民の公選によりその利益を代表する立場にある。従つて国の機関委任事務の統一的執行を確保する為に、監督制度を設ける必要があるにしても、憲法の保障する地方自治の本旨に鑑み、違憲違法な監督行為によつて、右の如き町長の特殊な立場が不当に侵害されることのないよう配慮されねばならない。そこで監督機関たる都知事と被監督機関たる町長との間に裁判所を介入せしめめて、違憲、違法な職務執行命令を排斥せしめ、以て町長の右の如き特殊な地位を保障せんとする訳である。(行政裁判資料第五号第五十六頁第九十七頁乃至第九十九頁及び第百二十五頁乃至第百二十七頁参照)

従つて、此の点に関する原告の所論は、都知事と町長との関係を通常の行政機関上下の関係と同一視し、その間に上命下服関係が存することを前提としている点で誤つているばかりでなく、制度の趣旨が、地方自治体の長の特殊な地位の保障にあることを全く無視した不当な主張である。

三、(行政機関としての被告の立場)

次に、行政機関としての被告の置かれる立場を考察して見るに、先にも述べた如く、町長は地方自治体の執行機関として独立な立場にあり、国の委任事務を自己の判断と責任に於て執行すべき職責を負うているのであるから、監督機関たる都知事との間に所謂上命下服関係が成立している訳ではない。従つて、町長は、原告の主張するような所謂「命令の拘束力」をうけないから、都知事の命令が形式的に存在する場合も、それが実質的に適法、有効なものであるかどうか判断し、もしそれが違法、無効であると認めれば、それを拒否すべき権限と責務とを有するのである。

右の如き、町長と一般下級行的機関との地位の相異は、前記地方自治法第百三十八条の二と、上司の命令に対する服従義務を規定した国家公務員法第九十八条第一項とを比較すれば自ら明らかなところであり、そもそも一般の行政機関上下の間では認められてない、このような特殊な訴訟制度が認められていること自体が、町長の特殊な地位を示すものである云とえる。

一般の行政機関についても、民主主義を基本理念とする新憲法が制定され、行政機関乃至は公務員の天皇に対する忠誠義務が国民に対するそれと根本的に修正され、行政機関乃至公務員の職務責任について英米流の法理が導入されて以来(極東軍事裁判においても上司の命令に対する下僚の判断と責任とが取り上げられたことは我々記憶に新しいところである)、旧憲法時代に認められた上司の命令に対する絶対服従義務の理論は、修正されつつあるのであり、旧憲法時代を想起せしめる如き原告の此の点に関する所論は、時代錯誤であると云わねばならない。

又国会の制定した法律が形式的に成立している場合にも、その法律が内容的に合憲なものか否かの判断は、一般行政機関のみならず、私人も、自己の権利、義務の存否に関する限りに於て、なしうるところであり、唯その判断が相互に相反するには、いずれの判断も有権的判断たりえないから、裁判所の有権的判断によつて解決されると云うだけであつて、法令審査権が裁判所に与えられているからと云つて、裁判所以外の者の判断を一切許さない趣旨ではない。

特に公務員の場合には、憲法第九十九条により憲法遵守義務を負わされており、就中町長は、自らの立場で自己の義務が発生しているや否やの判断をなした上、当該事務を執行すべき義務を負わされているのであるから(地方自治法第百三十八条の二)、自己の義務の根拠法が違憲か否かを判断すべき義務があると云わねばならぬ。

従つて、被告が行政機関として、もしくは下級行政機関として、前記の如き拘束をうけるとする原告の主張は間違いである。

四、(以上の結論)

以上に述べた本件訴訟の特殊性もしくは被告の行政機関としての地位から考えると、被告は、そもそも自己の義務が発生しているか否かを自ら判断出来、自己の義務が根拠法の違憲等により発生してないと認める場合は、仮令原告の職務執行命令があつてもこれを拒否しうる立場にあるから、両者の争いの解決の為には、裁判所は右の如き実質的な点の審理をする必要があり、又、右の如き実質的な点に違法事由が認められる限り原告の職務執行命令請求を棄却するのでなければ前記の如き被告の特殊の地位の保障の目的は達し得ない。

従つて本件訴訟に於て、裁判所は、凡そ職務執行命令が適法有効であるや否やに関係ある一切の形式的実質的事項を審理しうると云うべきである。

此の点に関する原告の主張は左に述べるような誤りを冒している。

1 所論は、被告が前記の如き拘束を受けることを前提としている点で既にその前提が誤つている。

2 右の前提を別にしても裁判所の審理権の範囲を、被告の判断しうる範囲に限定しようとする所論は、畢竟、裁判所をも前記の如き行政機関としてうける拘束の下に置くことになり、裁判所の当然有する審理権、特に法令審査権を不当に制限するものであり、もし、裁判所が右の拘束に服するとすれば、法令審査権を放棄し、実質的に違憲な内容の判決をなす意味で、憲法第九十九条に違反し、又、原告の内容的に違憲、違法な請求を、その儘認容しなければならぬとする意味で、原告のクリーンハンドの原則違背を肯認せざるを得ない結果となる。

3 原告の主張する、「当該職務執行命令が命令権ある上級行政機関から発せられたこと」以下の形式的要件は、もしこれが欠けておれば原告の当該職務執行命令が当然無効となるような事由であり、従つて、原告の云うところは、本件訴訟は、職務執行命令が当然無効であるか否かを確定するものだと云うことになるが、当然無効な場合は、何等有権的判断をまつことなく、何人もその効力を無視しうるのであるから、特にそれを確定する為にわざわざ裁判所の介入を認める必要を見ない。

むしろ、このような特別の訴訟制度を設けた意味は、裁判所に実質的な点の審理をなさしめる点にあるのであつて、原告の所論は此のような特別の訴訟制度の存在理由を没却するものであり、被告の前記の如き特殊な地位の保障と云う本件訴訟制度の目的を達成する所以ではない。

従つて裁判所は、審理の結果、当該職務執行命令の形式的要件が認められる場合も、実質的な点で違法事由があると認められる限り、職務執行命令請求を棄却すべきである。(前掲資料中、第九十七頁乃至第九十九頁参照)

第二、本件公告等の性質と審理権の範囲―原告結論に対する弁駁

一、原告は、本件公告縦覧の手続は通知行為であつて覊束的行為であるからその性質上根拠法、先行行政行為の効力如何が被告の公告義務等の存在に何等の消長を来たすものでないと言うが、仮りに本件公告等が法規上覊束行為だとしてもその性質上根拠法令、先行行政行為の効力如何が公告義務の存在に何等影響しないとは到底言うことができない。

即ちある行政行為が覊束行為であるということは、その前提たる法定の要件が適法に充たされた場合に行政庁が当該行政行為を行うか否か、如何なる形で行うか等、その執行について何等裁量する余地のないまま行うべきことを意味するのであつて、執行の態様の覊束性をいうに過ぎず、その執行の前提要件の成就―原告のいわゆる“義務”の発生とは何等の関係もない。

“義務”の発生はかかつて前提要件の成就にある。適法に前提要件―本件の場合、適法な裁決申請書等の写の受理―が成就したときに始めて被告の公告等“義務”が発生し、被告は公告等を為すべく覊束されるのであつて、右要件が、適法に成就しないとき、例えばその根拠法律が無効であるとか先行の行政行為が違法であるとかにおいては右“義務”は発生するに由ないと言わなければならない。

(1) まず根拠法―本件の場合特別措置法―が違憲無効である場合には“義務”発生の要件を規定する法規そのものも当然に無効となるから右“義務”は発生すべくもなく、この点を誤つて右“義務”の履行を命ずる本件執行命令は畢竟違法といわざるを得ない。

(2) 次に収用認定等先行行政行為が違法な場合であるが、抑々ある一定の法律効果を目的として数個の行政行為(乃至処分)が相連続して段階的に行われる場合には、先行行政の違法乃至瑕疵は、極めて軽微な手続上の違法を別として、これを土台としその上に積み重ねられる後行行為の凡てに影響し何等かの程度においてこれを違法づけるであろうことは事の性質上当然といわなければならないが、問題はその先行行為の違法が、如何なる程度に後行行為に影響しこれを違法づけるかである。

まず先行行為の瑕疵が重大且つ明白であつて無効原因となりうる程度のものであるとき、これが凡ての後行行為についてその前提を欠かしめ従つてこれらを無効たらしめることは異論を見ない。

先に先行行為の瑕疵が内容において重大であるが明白でなく、また手続上明白であるが重大でない等いずれも右の程度に達せず取消原因たるに止まる場合にあつては、訴願制度等や出訴期限の存在に関連して多少の議論があるが、これについては、訴願をもちいず出訴期限を徒過する等適切にその瑕疵を争わなかつたため一応それが形式的に確定したとしても、それは単に当該行政行為自体の取消を爾後において求め得なくなつただけで、その瑕疵が瑕疵なしとされたことを意味するものではないから、後日後行行為を争う際にこれを理由として主張し得ること当然と言わなければならない(最高裁判所、昭和二十五年九月十五日第二小法廷―最判民第四巻第九号第四百四頁、行政裁判資料第五号第三十九、第百十二及び第百九十一頁各参照)

本件の場合、内閣総理大臣の収用認定、調達局長の公告通知、裁決申請、市町村長の公告縦覧等は、いずれも行政協定に基く米軍基地拡張のための土地収用を目的とする一連の行為であつて夫々順次に先後の関係に立つものであり、且つ被告が既に指摘した収用認定や裁決申請等の瑕疵は何れも内容において重大であり程度において明白であつて無効原因たり得るものであり、少くとも取消原因に価するものであるから、後行行為である裁決申請や同申請書等の写の送付、公告縦覧手続を違法たらしめること明らかである。況んや右収用認定について訴願すら認められて居ない(特別措置法第十四条)場合においておやである。

因みに元来ある行政行為が覊束行為か裁量行為かは、その根拠法規の規定の仕方や趣旨等により決められるものでその行為の法律的性質の如何とは全く無関係であるから、本件公告等が意思表示を内容としない単なる観念通知行為だからとの理由で何等裁量の余地ない覊束的行為だとする原告主張は、それ自体理由がない。

二、なおまた原告は、被告が本件土地等の利害関係人でないから裁決申請の違法を主張できないとか、収用委員会でないからそれにつき審理判断することはできないとか言うが、被告は右裁決申請によつてその権利乃至利益を侵害される虞れある者として申請者たる調達局長に対して申請自体の効力を争うものではなく、また裁決庁として右申請自体を審理し判断するものでもないのであつて、単に、執行命令者たる原告に対しその命令を争うための一事由として裁決申請の違法をいうに違ぎないのであるから右主張はいずれも正当でない。

三、要するに原告の言わんとするところは、本件の場合被告は公告“義務”の発生について何等実質的な判断をする地位にないというにあるが、地方公共団体の長たる被告がその地位にあることは既に詳説したところである。

しかしながら、この際留意されなければならないのは本件訴訟における訴訟物が被告の判断権限乃至その地位ではなく執行命令そのものだということである。換言すれば“本件”公告義務が発生したか否かがまさに問題なのであつて、右“義務”発生について被告が判断しうる地位にあるか否かが問題なのではない。

勿論両者は密接不可分で被告のかような地位が本件訴訟の如き特殊な制度として反映具現されたのであるが、前述したような政策的理由から本件執行命令が一旦裁判所の審査に委ねられた以上、その理論的前提たる被告の判断権限乃至地位に関わりなく執行命令乃至“義務”の発生について裁判所は違法事由一般を審扱しうると言わなければならないのである。

以上

準備書面(昭和三十一年十一月二十五日附)

本件訴訟の特質について被告従来の主張(昭和三十一年十月二十七日附準備書面記載)を補足敷衍し、以下に陳述する。

第一、従来の主張のまとめ

(一) 被告の執行すべき本件職務(裁決申請書等写の公告縦覧)の内容は、いわゆる通知行為であり、且つ覊束行為であること論を俟たないが、それが単なる事実行為であれば格別、特別措置法第十四条、土地収用法第四十四条第二項に明示の根拠をもつ準法律行為であるから、根拠法規が無効であれば当然に右職務執行の義務は発生する由がない。

また右職務は内閣総理大臣の収用認定をはじめとして、米軍使用のための土地収用を目途として段階的に行われる一連の手続の一であること法文上明らかであり、かかる場合、収用認定等先行々為の違法が、本件職務の如き後行々為の執行義務に影響を及ぼすことは判例にも明らかである。

(二) 抑々本件訴訟制度は、国の事務の円滑な執行を確保するべき要請と、地方自治体の長として特殊な地位を擁護すべき要請との調和を慮つて定められた特殊な機関争訟であつて、一つは地方自治体の長が何故職務執行を拒むかについて適正な審判を与え、一つは国の事務の厳正な遂行を確保する意味合いから裁判所の介入を俟つたものであり、これを単なる上下の行政機関相互のそれとして見るのは誤謬も甚しい。従つてさような前提に立つていわゆる行政行為の公定力を言い、また本件訴訟において裁判所はさような下級行政機関の立場を前提として、その枠内で審理すべしとする被告主張はそれ自体理由がないといわなければならない。

(三) そしてこの際特に留意されねばならないのは、本件における訴訟物が被告の判断権限乃至その地位ではなく、まさに執行命令そのものだということである。勿論両者は密接不可分で、被告のさような地位が本件訴訟の特質に反映具現されたのであるが、苟くも右に述べた理由から、本件執行命令が一旦裁判所の審査に委ねられた以上、裁判所は執行命令の違反一般について―無効原因たると取消原因たるとを問わず審査しうるし、またそれを避けることはできないのである。

第二、英米の職務執行命令訴訟における審理権の範囲

本件訴訟制度及びその根拠たる地方自治法が、昭和二十二年四月、英米法理の強い影響の下に制定されたことはいまだに我々の記憶に新しい。かような立法経過を考え、一方我国では嘗てその運用の実例もこれに関する学説もなかつたことを併せ考えるとき、英米における職務執行命令訴訟の実際を顧みることは本件訴訟の特質を理解するためにはほとんど決定的な重要さをもつといつても過言ではない。

由来、米国行政訴訟制度においては、特殊な行政訴訟として、行政機関が不法不当に行政処分を拒む場合、これにその執行を命ずべく裁判所に提訴することが認められてきた。これがいわゆる職務執行命令訴訟(マンデイマス・プロシーデイング)である。勿論長いその歴史の過程において多少の変動は免れなかつたが、現在、少くとも、覊束的(ministeial, bus not discretionary)な行政処分については、当該行政庁にその違法乃至怠慢の是正を求めるべく提訴しうることは、既に確立された制度といつてよい(K・C・デーヴイス著「行政法」第七六一頁~七六八頁参照)。

しかしながらこの場合でも、裁判所は訴求された職務執行命令を認容するか否かについて、衝平法の立場より審判を加え、苟くも公益を害するような不当乃至不法な執行命令は、これを拒否しうる、また直ちに違法不当といえないにせよ、その命令が行政事務全体の適正円滑な遂行を妨げると判断されるような場合には、政策的見地からもこれを拒否しうるとされている。(前掲書第七六三頁参照)

また一方、訴追をうけた官公吏が、その根拠法規等の違憲(Unconstitutionality)を理由として当該行政命令を争うことができるかという問題が屡々提起され、今日では多くの判例が、少くともその違憲な行政処分遂行が、将来当該官公吏自身の責任になりうるような場合には、前根拠法規等の違憲と理由に命令を争うことができるとして居るし、更には全面的にこれを争いうるとする判例すら若干見られるに至つている。のみならず、最高裁判所の判例中には「違憲の法は法ではない。それは何人をも拘束せず、また何人をも護らない」とさえ断言するものもある(前掲書第七七三頁~第七七四頁、ゲルホーンバイス共著「行政法判例評釈」第三九九頁第四二四頁参照)

これを要するに、当該職務執行命令が少くとも違憲の場合には、当法官公吏は訴訟においてこれを争いうるし、また裁判所はかかる命令を認容してはならないというのが、英米行政法の建前である。

本件の場合、被告はまさに執行命令を理由として、これを争つているのであり、而も、これを看過して違憲の命令を慢然執行するならば、憲法第九十条、地方自治法第百三十八条の二に違背し、砂川町民の財産権等を侵害する等、将来その個人的責任を問われる余地なしとしないのであるから、被告が本件執行命令を拒否しうること寧ろ当然というべきであろう。

第三、原告主張の誤り

かようにして本件訴訟の特質については、理論的にも、また外国立法例に鑑みても、被告主張の正当なること明らかである。このことは原告主張を是とした場合、いかに甚しい背理を招来するかを見れば一層明らかとなろう。

(一) 若し原告主張の如く、本件訴訟において裁判所は執行命令の形式的適法性についてしか判断できないとすれば、まさに法の唯一の番人である裁判所自らが実質的に違法な命令を被告に強いるという矛盾を裁くべくもない。まして本件の場合、上訴として上告しか許されておらず(地方自治法第百四十六条第十項、職務執行命令等訴訟規則第六条)、しかもこの上告には執行停止の効力が付されていないのであるから(同条第十一項)、一たび認容された違法命令の害悪は、いかにしても、もはや償い得ないものとなるであろう。

(二) またもし原告の主張するように、本件訴訟において、被告が執行命令に従う“義務”なしとした理由につき、何等審理されないとするならば、被告は地方住民の意思によつて公選された地位にあるにも拘らず、命令の違憲違法を指摘し住民の利益を擁護して、以て地方自治の本旨の貫こうとした場合ですらこれについて全く弁明出来ないままその地位を追われる結果となる。極言すれば、国の違法な命令のために、地方住民の意思に反してさえその代表者が罷免されることもありうる。

即ち、本件訴訟に続く、確認訴訟(同条第十二項、第六項)は、単なる命令不執行の事実の確認の裁判であり、これがあれば原告は直ちに被告を罷免することができるし(同条第十二項、第八項)、またこれに対する不明申立の訴訟(同条十四項)では、たかだか罷免処分発令の情状の一として、命令実質的違法が論ぜられるに止まるだろうからである。そしてもはやこの段階に到つては、違法命令の害悪を覆しえぬこと前述の通りであり、本件訴訟制度の意義は全く没却されてしまうこと論をまたない。

第四結び

以上述べた如く、いかなる点よりしても原告の本訴の特質に関する主張は不当であり、本訴において執行命令の違法一般につき審判することは、裁判所の職責である。裁判所の公平且つ慎重な審理を望む所以である。

以上

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